雫-シズク-
「だから、ばいばい、葵さん」


自然と涙が溢れてきて、勝手にうわずる声で上手く言葉にならなくて、最後まではっきりとは言えなかった。


でも生きると決めたからには、葵さんの腕をいつまでも離さないわけにはいかない。


このまま掴み続けていたらきっと俺はいつまで経っても過去にこだわったままで、また誰かを憎むための引き金を引いてしまう。


そしたら俺の中の葵さんの瞳はずっと狂気を含んで壊れたままだ。


だからもう、さよならしなきゃ。葵さんと自分自身のために……。


はらはらと目尻から耳の裏を通るいく筋もの涙を拭いもせずに、目をつぶって乱れかけた息を静かに整える。


すると閉じた瞳の向こう側に、一瞬だけ人の気配を感じた気がした。


なんとなくそんな気がしただけだったし、本当に人の気配かもわからなかったけど、窓際のただの白い壁に視線を移して泣き顔を堪え精一杯笑いかける。


じゃあな、と言い残して立ち去る葵さんの後ろ姿が脳裏に浮かんで、すぐに消えた。




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