雫-シズク-
目指す目的地が近付きバスを降りた俺は、じっとりと水気を含んでいそうな厚い雲を見上げた。


覚えている景色より、少し空が低い気がする。


まだもやもやと迷う気持ちを握り潰すように、ジーパンに両手をぐいっと入れてゆっくりと歩き始めた。


暗くて人気のない小さな本屋、国道をまたぐ黄色い歩道橋、さびたシャッターが降りたままのスーパー。


……なんかちょっと懐かしいかも。


自然と胸の奥にきゅうっとなにかを感じかけたけど、同時に心臓がえぐられるような酷い苦しさも湧き上がってきた。


まるでなごみかけた気持ちを拒絶反応しているみたいだ。


そんな今にも二つにぱっくりと割れそうな心と体を振り切るために、なるべくまわりを見ないでひたすら前に進むことだけに集中する。


そして間もなく一戸建ての家がならぶ住宅地へと入った。


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