雫-シズク-
「最近浮かない顔をしているね。なにかあったかい?」


お茶の用意を始めた大宮さんが新聞配達を終えた俺にたずねてきた。


無言のままたたんである椅子をがたがたと出して湯飲みを受け取り、作業台の横に二人並んで腰をかける。


こうやって仕事が終わったあと毎日一緒にお茶を飲むのが、ずいぶん自然になってきた気がする。


「……ちょっと進路で悩んでいて」


「そうかい。……ちょうどうちもいずれ店じまいしようかと悩んでいてね」


寒い店内で温かい湯飲みを両手に包みながら、俺は少し目を丸めた。


「不景気でこんな小さな店を続けるのも難しいし、なんせ年だからね。でもお前さんが卒業するまでは頑張ろうと思っているよ」


にこりと笑った大宮さんが店の中をゆっくりと見渡す。


「息子や家内が死んでもやめなかったけれど、体がここと同じくくたびれてしまってね。あとは一人でのんびりしようと思うんだよ」


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