約束の恋



「そっか、紅林さんがそれでいいなら僕はなにも言わない。ただ、何かあって助けてほしい時は遠慮せず言ってくればいいからね」


「……はい」


有り難うございます、マスターと、私は感謝した。


「第三ステージだったよね? いまどのあたり?」

「はい。嗅覚以外はまだ感覚があ
りますよ」

「そう」

五感全て失うのも時間の問題か…、とマスターが呟き、私は目を閉じ思う。


この先、もっと進行が進めば、


慧君のあの少し甘くて爽やかな香りを匂うことも、


少し高いけどやっぱり男なんだなと思わせる声が聞けなくなることも

慧君の姿も温もりを感じなくなるんだ。



そう思うとすごく怖いし、

それに――最後の私を慧君に見られるのは絶対に嫌。


エルデジェレイドの最後の末路を何度も看取ってきた私はあんな醜い姿を慧君だけには見せられない。


だから、

「もし、私が死にたくなったら――死にたいと思ったら、その時は死なせてくだい。マスターの手で」


「…………」

マスターは何も言わずに悲しいような慈しむような複雑な顔をし、私の頭を一撫でして、その場から去った。



私の気持ちはマスターに多分だけど伝わった。


これでいいの。これで……。



自分でも悲しいのか、寂しいのか、辛いのかよく解らなかったけど

その時、目から滴が地面へと落ちてきた。


気づいたら、それが自分の涙だったてこと。


その日は、家に帰るまで涙が止まらなかった。


どうやって、親を誤魔化そうとか。

誰にも自分が泣いているところを見てないよね?

とか、そんなことを泣き止んでから思考を巡らせる。


もし、誰か見たとしても秘技記憶消去の術を実力行使させるだけだ。

そんなあぶないことを考えている自分に少しだけ笑えた。


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