理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
けれど…



開いたのは隣の控室のドアで…

出てきた男性が口元を拳で抑えながら、

「クックックッ」

と、声を押し殺して笑っていた。


恥ずかしさで慌てて立ち上がろうとすると、親切に左手を差し延べてくれたけれど…

真っ赤に染まっているであろう、自分の顔を上げるコトが出来ないまま、その手に掴まる。


お礼を言おうと、

「あっ、あのっ」

開きかけた私の唇に…

男性の右手の人差し指が触れ…

「シー」

と、小さく耳元で囁かれる。


「大丈夫?
聞き耳立てるなら、こっちの部屋使って良いよ。
丸聞こえだから。

俺、コーヒー買いに行くから、しばらく留守にするし」

と、そのまま耳元で紡がれる言葉は…

腰に響くような甘い重低音。


カァーっと、耳から全身に熱が駆け抜けるような感覚が…

支えられている手の、指先にまで広がった気がして…

恥ずかしさで慌てて手を引っ込める。


なんで!?

何、コレ!?

まさか欲求不満なの、私!?


経験したことの無い、突然の体の異変に戸惑いながらも、なんとか男性の顔を確認しようと目線を上げる。


新人以外の劇団員なら、差し入れが恒例の私のコトを知ってるはずだから、直ぐに挨拶が返ってくるだろう。


ところが…
立ち上がって155cmの私より、遥かに高い180cm以上はありそうな長身の男性は、顔を横に背けたまま、

「御自由に」

と言いながら、スタスタと歩いて行ってしまった。


『御自由になんて言われても、留守の部屋に入るなんてコト…』

そう自分に言い聞かせようとしても、

『たまには演劇論を交わす、熱い洋介の姿も観てみたいよね』

なんて、些細な誘惑に負けた私は、無人となった部屋へ、

「お邪魔しま~す」

と、進んでしまった。
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