理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
タクシーに飛び乗り、行き先を告げると、開いてしまった口から、嗚咽が漏れ…

その嗚咽を、追い越すように涙が溢れてくる。



『…一緒に居たのは誰?』


『本当はずっと、私が不感症だってバカにしていたの?』


『べつに、夕飯代なんて求めてないのに…』


『あんな風に馬鹿にしなくったって…』


『ねぇ、本当に私は欠陥品なの?』


私を嘲笑う二人の声が、耳から離れない。



もう、洋介には会えない。


…会いたくない。


こんな風に、初めての恋愛が終わるなんて、想像もしなかった。


突然終わりを告げた恋と、裏切られていた現実を…

理解しようとすればするほど、涙はとめどなく溢れてくる。


泣き続ける私に、運転手さんは何も言わずに、そっとしておいてくれる。


そして…
信号待ちで止まったタイミングで、温かいおしぼりをスッと差し出してくれたから…

優しさと暖かさに触れてまた、涙が溢れてきた。



自宅に着く頃…

なんとか、涙をハンカチで押さえ込み、料金を支払う。


「大丈夫かい?」

気にかけてくれた運転手さんに、

「あの…私、失恋しちゃって…
なんか、その…すみませんでした」

気まずさから、訊かれてもいないのに、ベラベラと喋る。


なんとか気を紛らわしたくて。


「あっ、でも、大丈夫ですから…
この世に男は一人じゃないですもんね」

口角を持ち上げただけの、作り笑いを浮かべると、

「失恋した時はね、思いっきり泣いて良いんだよ。

大丈夫。
きっと、この恋があったから、今の幸せがある…

そう思える恋に、お客さんは巡り逢えますよ」

優しく車内に響く運転手さんの声に、少しだけ心を軽くして車を降りる。


だけど…
次の恋なんて、あるのかな?

見破られる程度の艶技しか出来ない、欠陥品の私なんかに?


そう考えたら、また涙が込み上げてきそうで…

ぐっと強く拳を握って、堪えた。


これ以上誰かに、惨めな姿を晒したりしたくなくて。
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