理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
ガチャリと、音を立てて開く玄関扉。


扉の重さがまるで、自分の心の重さの様に感じられる。


室内は、夏特有のムッとした、湿気を含む暑さが充満していたけれど…
窓を開ける気にもなれなかった。


ペタンと、リビングの床に座り込む。


…明日からの旅行、どうしよう?


会社への休みの申請は、もう済んでるし…

マキ先輩をはじめ、職場の人達にも旅行に行くコトは、話してしまった。


というコトは、当然…
キャンセルなんかしたら、理由を聞かれるのは目に見えてる。


旅行前日に、惨め過ぎる理由で別れたなんて、とてもじゃないけど言えない。


お土産だけでも、ちゃんと買わなくちゃ。


なんて…
こんな時まで、見栄を張ろうとする自分に、虚しくなる。



洋介にもキャンセルの連絡…





…は、する必要なんてないよね?


会わす顔なんか無いし、会いたくもない。


そうだ!!
もう二度とこの部屋に入れないように、合い鍵使えないようにしなくちゃ。


…舞台の打ち上げで、家へは来ないはずの今夜しかチャンスは無い。


今夜のうちに鍵を変えて…

明日の新幹線のチケットも、朝早めの便に変えてしまおう。


新幹線のチケットも、旅費も持たない洋介が、追い掛けてくることはないだろうし…

ううん、あんな風に蔑んだ私のコトなんか、追い掛けてくるはずも無い。


新幹線のホームで別れのメールを送って、一人で出かければ…

鍵の無い洋介が、家へ入るコトは出来ないし、そうなればもう、ここへ来ることも無くなるだろう。


…帰ってきたら、残りの休暇で引越しをしよう。


洋介との思い出が、1gも無い所へ。


携帯を握りしめ、気持ちが揺らがないうちにと、鍵業者へ電話をかけた。
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