理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
今更、洋介との馴れ初めを夢に見るなんて、未練タラタラなのかと情けなくなってしまうけれど…

夢を見たお陰で、都合良く書き換えられた思い出を、訂正することができるのだ。


『洋介とは、最初から何も始まっていなかった。
もうこれ以上、傷つく必要なんかない。
堂々と生まれ変わろう!』


たくさん眠ったおかげで、すっきりとした目覚めの朝、改めてそう自分に誓い…

バスルームで熱めのシャワーを浴び、涙で腫れた瞼を治し、躰も心もサッパリすると、とってもお腹が空いていたことに気づいて…

身支度をすませると、マキ先輩に借りたガイドブックを手に、ホテルの部屋を出た。


ホテル内にあるカフェで、ホットサンドとアイスティを注文し…
ガイドブックを捲りながら、出来上がるのを待つ。


今日決まっているのは、マキ先輩にいただいたチケットで、18時半開演の狂言を観賞するコトだけ。


元々、観光目的だったから特に予定はないけれど、一人じゃ何をしていいのかも分からない。

せっかく立てたプランはあるけれど…
洋介と一緒のつもりで立てたプランを一人出回ったりしたら、なんだかまた泣いてしまいそうだし…

そう思いながら、パラパラとガイドブックのページを捲っていると、付箋紙やチェックが全く付いていないページに思わず手が止まる。


「…そっかぁ…」

無意識に口をついた言葉で、その理由に気づく。


洋介は、ウィンドーッショッピングのような、いわゆる『女の買い物』が嫌いだったからだ。


それなら…と、洋介が一緒だと眉をしかめられてしまう買い物をするコトに決定。


万年金欠の洋介の為に、お金を用立てたり、衣服を買ってあげるコトもあって、今まで自分のモノは後回しにするコトが多かったけど…
これからは、誰に遠慮するコトもなく、自分の好きなモノが買える。


誰かの趣味じゃなく、自分の趣味で、身につけるものを選べる。


そう考えただけで、何倍も買い物が楽しみになり始めた。


ホテルを出て、真っ先に向かったのは、帆布バッグ屋さん。


しっかりした生地に、カラフルな色合い、可愛らしいデザインに、目移りしながら…
大きめの肩掛けトートバッグを購入した。


その後、市場に行くと、大好きな食材の宝庫にテンションが上がっちゃって、つい何往復もしてしまった。


けれど…
ホテル住まいじゃ、料理もままならないのが残念。


気づけば、時計は17時を過ぎていたので、タクシーで会場となる歌舞能楽堂へ向かった。


一時間後には、自分の運命が変わってしまうなんて、思いもせずに。
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