中指斬残、捌断ち儀
(一)
僕の命日が二十歳に決まったのは、五歳の誕生日を迎えてから三日後のこと。
カタツムリと紫陽花の時期、この歳までの僕はそこいらの子供と何ら変わりない普通の幼稚園児だった。
性格は内向的で、活発さに欠けるが、礼儀正しい子だと大人たちからよく誉められる子供でいた。
「よくがんばったね」と母親に言われるのが嬉しくて、小さいなりに僕は誉められる喜びを知り、大人たちの好感をあげようとそんな性格だったのかもしれない。
そんな大人みたいな真似、一種の処世術を幼稚園児が?と疑われそうだが、『子供が親に誉められたいため』となれば、少なからず幼少期に『よい子』であったことは誰にでもあると思う。