茜色の葉書

京介

「ここだ」

 住所と地図とを確かめる。

 中に入り、階段脇の郵便受けから確かにここに住んでいることも確認する。

 いよいよこの短い旅も終りを告げてしまう。

 そう思うと彼女に対する想いが言葉を紡ぎそうになったけど、彼女の喜びに満ちた顔がそれを押し止める。

 結局のところ僕は“いいやつ”しか演じれないのかもしれない。

――じゃあなぜ、彼女のためにここまで?

 弓華は軽い足取りで階段をかけ上がっていく。顔色が悪いのはあいかわらずだが、満面の笑みで瞳は喜びの涙で潤んでさえいる。

 部屋の前。

 僕は彼女より一段下がったところで彼女を見ていた。

 彼女は両手を胸の前に組んで深呼吸をし、ドアのノブに手をかけ、

 と、そのときだった。

「おい、はやくしろよ」

「はーい! おばさん、おじゃましました」

 中から男女の声がしたかと思うと、ドアが内側から開かれ、

「京介くん、今日はどこいくの?」

「そうだな、ん?」

 男は腕に一人の女性を絡ませたまま自分を見つめて硬直している弓華に気付くと、

「どちらさま?」

 一言――

 その一言は彼女の何かを打ち砕いた。

 たった一言。

 たった、一言……。

「弓華さん!」

 彼女は口元を手で押さえながら、階段を駆け降りて行った。

「弓華、だって!?」

 僕は振り返り、京介の胸倉を掴むと、

「あんた、なんでっ!」

 あれだけ、外国から帰ってきてここまでずっと彼のことを想い続けながら旅してきた彼女。

 深夜に、一人うずくまって泣きながら名前を繰り返していた寂しげな姿。

 くやしいほどの想いが、短い旅の中で僕の心に伝わってきていた。

 それなのに……、

「あんたは……あんたは……!?」

「そうか、弓華だったのか……」
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