茜色の葉書

 三月の夜はまだまだ早い。

 マンションに着く頃にはすっかり陽は暮れ、通りの家々からは美味しそうな匂いと団らんが風に乗って鼻と耳とを楽しませてくれる。

 と、ロビーに入ったところでどこかで聞いた声が管理人室から聞こえてきた。

「すみません。ありがとうございました」

 丁寧にお辞儀をしながら管理人室から出てきたのは、砂浜の彼女だった。

 彼女は僕に気がつくと口元に笑みを浮かべ、軽く会釈をした。

 同じように頭を下げ、せっかくだから部屋に上がらないかと勧める僕。

 間違っても下心があったワケじゃない。

 ただ、そのときの彼女の笑みがとても頼りなかったのだ……まるで脆いガラスのように。

 窓際の壁に置かれた段ボール箱と珈琲を飲むためのいくつかのキャンプ用品以外、何もない部屋。静寂をやぶるアイテムは珈琲をすする音以外、いまのところない。

 沈黙は苦手じゃなかったけれど、このまま朝までこうしてても仕方ないので僕は一口もつけていない冷めきった彼女の珈琲にチラリと目をやって話しかけた。

「どうして、ここに?」

「京介のいまの住所を調べようと思って」

 なんでもこういったところ――マンションとかアパートといった類いのところ――は、今回のような先住者宛ての郵便物などが届いたときのために引っ越し先の住所を控えておくことがあるのだそうだ。

「それで、わかったの? その、京介って人の住所」

 すると彼女は膝の上に置いた拳をキュッ、と握り、唇を噛んだ。

「もしかして、わかんなかったとか……」

 頭を横に振る彼女。

「わかったんだけど、場所が、遠くて……」

 彼女に住所を聞くと、そこはここから電車で半日以上もかかるところだった。

「わたしてっきり京介がまだここに住んでると思ってたからそんなところまで行くお金なんて持ってないし、それに時間も……」

「時間、って?」

 しかし彼女はうつむいて肩を震わせたまま僕の問いには答えなかった。

 また、沈黙が殺風景な部屋にやってくる。

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