-Vermillion-
城を出て魔王が用意した魔物に跨がると、美影と一緒に屋敷を目指した。
こっちが「右」の方角? 一面を見渡しても風景に大差がない。
強いて違う点を上げれば、咲いている花の数や種類、香りが違う位だ。
何を基準に方向を判断しているのだろう?
-感覚ですよ、主様。じきに慣れます。
私の考えを読んだのか、美影は笑った。
真朱が普段見せない、心からの満面の笑みだ。
私は少し複雑な気持ちになって、思わず顔を背けた。
真朱からこの笑顔を奪ったのは、きっと私なんだ。
任された責任と、それに対する不安を抱えながら、
ずっと生活してきたに違いない。
真朱は今、何をして、何を思っているだろう……
ママは、パパは、爽は、遥は……皆は、私を嫌いになったかな。
出来る事なら今すぐにでも帰りたい。だけど——と私は思い直した。
大切な人をもう二度と失いたくない。
会えなくても、生きていてくれさえすれば、それでいい。
夜の色に覆われた空、黒い山々や木々、白い花や建物、
その間をどれくらい進んだだろう。美影に後ろから支えられながら思う。
時間なんて、ここにはきっと存在しない。
円を描く様にただ、それが流れていくだけなのだと。
-着きましたよ、主様。
そこにはさっき通ってきた扉と小綺麗な屋敷があって、
人影らしい物が三つ並んで私の到着を待っていた。
魔物がそっと止まると、私は美影の手を借りてその背中から降りた。
「ようこそ、我が主様!
この屋敷のバトラーをしております、地獄蝶のシルバーと申します。」
声のした方を見ると、背の高い男の人が此方に歩み寄って来る。
その姿はやはり人間にしか見えないけれども、自己紹介で地獄蝶って……
思わず美影を見た。そういう事か……私は溜息とつく。
地獄蝶は実体のない空気の様な存在。何にでも姿を変えられる。
この世界にいる人間は、私だけなのだ……