-Vermillion-
―――
「ただいまー。」
俺は玄関で靴を揃えると、
コンタクトを付けてリビングにひょこっと顔を出した。
「ほら朱乃、お前の大好きなチーズケーキ、だぞ……」
ソファーに出来る限り体を縮めて、眠っている妹の姿がそこにあった。
目元には涙が滲んでいる様にも見える。俺はそれを指でさっと拭った。
リビングを見回す。静かだ……そうか、テレビが付いてない。
「人一倍怖がりなくせに、こういう時だけ強がりやがって……」
白い頬に優しく触れると、
朱乃は眉間にぐっと皺を寄せてから、少し動いた。
手に携帯電話をしっかり握っているのが見える。
「真朱…どこ…?早く…たす…け…」
「朱乃……ただいま。」
―――
私はゆっくりと目を覚ました。
蛍光灯の逆光が眩しくて、真朱の顔が良く見えない。
「おかえり…」
「ごめん、ごめんな……寂しい思いさせて、ごめん……」
「もう高校生だよ…?これくらい、大丈夫…」
「朱乃……」
真朱が私の額に額を合わせた瞬間、また物音がした。
窓の向こうからだ。
「真朱…」
「動くな、待ってろ。」
真朱はそっと窓に近づくと、さっとカーテンを開いた。
窓とカーテンの間で、大きな烏アゲハがバタバタと羽を動かしていた。
「この子、だったの…」
「この子?お知り合いか?」
私は少し笑って首を振った。玄関先で見た黒い影は、この蝶だったんだ。
「ついて、来ちゃったのね…」
私は窓を開けた。蝶は高く高く空へと舞いたった。
「最近蝶が多いって、ニュースでやってたもんな。」
「うん…」
「さっきの助けては、この音か……」
「うん…?」
呟くように言った真朱の言葉が聞こえなくて、振り向きざまに聞く。
ところが真朱は、その瞬間に踵を返した。
「俺、風呂入ってくるわ。汗かいた。」