state of LOVE
「さて。佐野君と牧本さんに出てきてもらったわけですけど」
「シカトされたよ、おい」
「世の中そんなもの。諦めはカンジン」
「今から、佐野君に牧本さんのメイクの指示をしてもらいます。今までの講義内容を参考に、牧本さんに一番似合うメイクを提案してください」
「げっ」
「oh,ピンチですね、マナ」
「さぁ、どうする?佐野君。今ならgive upも受け付けるけど」

ニヤリと口角を上げる講師は、何やらとても嬉しげで。

この人を相手にギブアップは癪に障る。けれど、メイクの講義など真面目に受けたことがない。

そうか。
この日のために今まで何も言わずにいたのか。

と、ピンッと一本に張った糸をプツリと切りたくなった。

「どうする?佐野君」
「え?勿論やりますけど」
「あ、やるんだ」
「ベッキー、そこ座れ」
「O.K.」

用意椅子に腰かけたレベッカを見下ろし、うーんと口元に手を遣りながら考えてその手を伸ばす。華奢なつくりの顎を上向けて見つめると、アイスブルーの右目と視線がかち合った。

「よし」
「もういいデスカ?」
「十分だ。先生、お願いします」
「はい、どうも。では、指示をください」

不満げなメーシーは、メイクBOXの蓋を開きながらご自慢のメイク用品に手を伸ばす。

「目元は深めのブラウンからライトゴールドへのグラデーション」
「はい」
「ラインを今より少し太くして、目尻を気持ち長く、上へ」
「はい、了解」
「せっかくなんで、ノウズシャドウとハイライトもきっちり入れちゃってください」
「必要…無いと思うけど?」
「いや、お願いします」

この講義の趣旨を考えれば、今のレベッカの服装に合うメイクを提案するべきなのだろう。

けれど俺は、ピンッと張った糸を断ち切りたくて。普段からモノトーンで纏める癖のあるレベッカならば、どんなメイクでもそれなりに馴染んでくれる。

それに加え、レベッカの顔立ちならいける。そう確信して記憶を呼び起こしている。

「あ、眉に少し色を足してください。ダークブラウン」
「はいはい」
「チークは…オレンジがかったブラウンを頬骨に沿って楕円に」
「ブラウン、ね」
「リップはコンシーラーで色を消してベージュを。グロスもお願いします。それで完成です」

目の前の講師は、俺の簡単な指示だけで望み通りのメイクを手早く仕上げてくれる。勿論、指定した色は全色メイクBOXの中に揃っていた。

さすが何十年もこの仕事をしているだけある。と褒めるか、もう細胞単位で染みついているだろうその感覚を哀れに思うか。
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