state of LOVE
けれど、俺はそれをしなかった。

「わかりました」
『ありが・・・とう』
「一つ、お願いがあります」

言いたくないならば、俺は何も聞かない。その代り、一つだけ願いを叶えてほしい。それだけで十分だ。今はそう思うから。

「週に一度…いや、二週間に一度、無理なら月に一度でも構いません。こうして僕に連絡をください」
『どうして?』
「無事を確認したいんです」
『え?』
「美緒は僕と彼女で育てます」
『施設に』
「お断りします」

預かった当日だったならまだしも、今そんなことが出来るはずはない。あんなに俺にも聖奈にも懐いて、「とーちゃ」「かーちゃ」と呼んでくれるのだ。可愛くないはずがない。

「美緒はうちの娘です。施設には預けません」
『でも・・・』
「愛します。貴女の分まで。お金にも愛情にも不自由はさせません」
『でもっ』
「美緒は元気です。少しずつですけど、言葉も喋れるようになってきました」
『美緒・・・』

嗚咽混じりの泣き声と、何度も紡がれる「美緒」という名前。捨てられたわけではない。だからこそ、美緒を愛してやりたい。守ってやりたい。素直にそう思えた。

「僕の名前は、佐野愛斗です。ご存じでしょうけど、彼女は聖奈。どちらも両親は健在で、経済的にも裕福です」
『私は・・・倉田美園』
「ミソノ?ユリさんじゃ…」
『ユリは偽名。逃げなきゃ・・・ならなかったから』
「そう…ですか」

それが、精一杯の言葉だった。

『また・・・電話する』
「はい。お待ちしてます」
『手紙・・・書く。あの住所に。保険証とかは家に置いてあるから』
「家の鍵は?」
『ベランダ』
「ベランダ?」
『タオルに包んであなたの家のベランダに投げた。二階の』
「わかりました。戻って探します」

策略と言うよりも、唯一縋り付けた細い細い糸だったのかもしれない。俺と聖奈が美緒を保護し、自分を待ってくれることを期待して。

『保険料とか・・・払えないかも』
「僕が払っておきます」
『ごめんなさい。迷惑かけて』
「構いません。必ず無事でいてください。美緒のために」
『私もう・・・』
「美緒の母親は貴女です。それを僕達は忘れない。だから、貴女も忘れないでください」

いくら恋人にまで鬼か悪魔かと言われようとも、俺は人間だと主張したいのだ。向き合えるものにはきちんと向き合いたい。それが人間相手なら尚更だ。

「貴女の娘のまま、倉田美緒のまま育てます」
『さの・・・さん』
「今は聞きません。落ち着いたら事情を聴かせてください。言い難いなら、手紙でもいいですから」
『ありが・・・とう』

泣き声なのか言葉なのかわからない「ありがとう」の後、プツリと電話は途切れた。

やっと終わった…

それが正直な気持ちだった。
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