state of LOVE

 佐野家の長男の本音

駐車場からビルまでは徒歩数十秒。
そして、俺の仕事部屋までは階段三階分。

普段は身一つで出勤するだけに、美緒と荷物を抱えての階段三階はさすがに辛かった。どうしてこの事務所にはエレベーターが付いていないのだろう。肉体派のスタッフなど、一人もいないというのに。今更ながら、恨み言の一つも言いたくなる。

「ご機嫌ですね、美緒さん」
「だー!」

階段を上りながら掛けた言葉に、美緒が元気良く返事をした。これはもしや…と期待に満ちた目で腕の中の美緒を覗くも、当の本人はガラスに映った自分の姿に夢中で。手を振ってみたり、笑ってみたり…と、それはそれは忙しそうだった。

たまたまタイミングが合っただけで、残念なことに俺の話など聞いてはいなかったらしい。

「どうしちゃったんだろな、アイツ」
「だー」
「反抗期かね」
「だー」

美緒がタイミング良く相槌を打ってくれるのをいいことに、朝からとんだ災難だよ…と胸の内を吐露する。

そして気付く。
子供を抱えて喋りながらの階段三階は、結構キツイ。

「着いたぞ。さぁ行け」
「だー!」

どうやらGoサインはわかるらしく、床に下ろすと同時に美緒は駆けた。当然のことながら、デザイナールームには誰もいない。美緒もはしゃぎ放題だ。

このデザイナールームは、「M&R」とルームプレートを出しても良いだろうと思えるほど他のデザイナーの出入りが無い。

他にも数人デザイナーはいるのだけれど、皆自宅で仕事をしているためここへは滅多に顔を出さない。この部屋に出入りするのは、俺とレベッカ、そして例の仲良し三人組くらいだ。

「だー」
「ん?」
「だー」
「何だよ。もう飽きたか」
「だー」

短い足で懸命に駆け回り、息を切らせた美緒が俺の足に纏わり付く。やっぱり置いてくれば良かった…と、数十分前の自分の行動を恨んだ。

「今日は仕事になんねーかもなー」
「だー」

抱き上げると、待ってましたと言わんばかりに首に回される小さな手。まぁいいか。と諦めがついたのは、あんな夢を見たおかげかもしれない。
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