state of LOVE
「わー。何やってんだか」
「だー」
「お行儀が悪いですよ、美緒ちゃん」
「だー!」

聖奈に叱られムッとしたのか、美緒はその茶色い手でペタリと俺の頬にもみじの形を作ってくれた。

「こらっ!」
「いいよ。拭けば取れるんだから。美緒、手ぇ貸せ」
「だー」
「いい子にしてろ。うちの奥さん怒ると怖いぞ」
「だー」
「ちゃんと叱らないとダメですよ。ちーちゃんみたいになります」
「そりゃ歓迎だ」

笑う俺に、ぶぅっと頬を膨らませる聖奈。向かい合った父親二人は、顔を見合わせて複雑そうな表情を浮かべていた。

「目を離した俺が悪いんだよ。じゃなきゃ、手の届くところに置いた志保さんだな」
「そうゆう問題じゃないです」

ツンと唇を上向けたまま、聖奈はじっと美緒を見つめる。また叱られる!と危険を察知した美緒は、器用に俺をよじ登って首元に絡み付いた。

「苦しいって」
「だー」
「はいはい。わかったから。お前さー、何でそう口煩いわけ?」
「別に口煩くないですよ。いいですか?可愛がるのと甘やかすのは違うんですよ」
「そーかよ。俺にはわかんねーな」
「もうっ!」

徐々に強まっていく首にかかる圧力と、ふぐの如く頬を膨らませた聖奈。勝ってしまうのは、やはり生命維持に係わる方で。致し方ない。と、皆がそう思ってくれることを願いながら、ゆっくりと美緒を背を摩って宥めた。

「お前が行儀良くしてねーからだろ?」
「だー」
「ちゃんといい子にしてなきゃ、うちにはもっと怖いのともっとうるせーのがいるんだからな」
「だー」
「ちょっと。それはもしかして…と思うけど、俺の愛妻と愛娘のこと?」
「愛人と愛人の娘じゃないことは確かだな。アイツらいつ帰ってくんの?」
「日曜日の夜に戻るって。来週の話だけど」

振り返り様にそう告げたメーシーは、紙袋を提げていそいそと店を出てしまった。まだ質問の答えを返してもらっていないというのに。

「行っちゃったよ」
「メーシー…レベッカがお気に入りなんですかね」
「さぁな」

そこにはあまり触れないでやってほしい。と、父を気遣う立派な息子のフリをした俺は、再び美緒の小さな口にスプーンを運ぶ作業を開始した。
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