朝子
「そう……わかりました、ありがとうございます」

 葬儀屋の若い男が言うのに立ち上がる。

 三方の壁へ白と黒の幕を張った部屋に入ると、祭壇がきれいに整えられていた。 

 白百合のきつい匂いがする。

 造花にしてくれと頼めばよかった。

 白木の棺桶の上に、遺影がある。

 森本篤郎―――朝子の夫だ。

 若い頃からその繊細な文章と確かな表現力とで名を馳せた純文学作家。

 半世紀に一人いるかいないかの素晴らしい作家だと褒めたたえる人間もいたが、私はそんな風に思ったことは一度もない。

 あの男は、頑固で、偏屈で、卑小で、ここ一年はほとんど狂っていた。
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