とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
タオルを被ってロンTにジャージ姿で部屋に戻り、ちゃっかり俺のベッドで寝息を立てている理美の横にそっと割り込む。

何で自分のベッドなのにこんな窮屈な思いしなきゃなんねぇんだろ。とか、今は禁句。

こいつを起こさないように潜り込み、起きるまでに寝付いてしまうことが先決。さすがのこいつも鬼じゃねぇから、寝ている俺を叩き起こしたりはしねぇし。

上手く潜り込めたことが嬉しくて小さくガッツポーズをしていると、さっきまで反対側を向いていた理美の体がぐるりと俺の方へと向き直り、大人しく閉じていた瞳が見開いた。

「…お早いお帰りで」
「何だよ…寝てたんじゃねぇのかよ」

思わず顔を引き攣らせる俺に、寝起きの理美が背筋も凍りつくような冷たい笑顔で微笑んだ。逃げようと体を起こしても、後ろは壁、目の前は敵。八方塞とはまさにこのことだ。と、夜中にからかって遊んでいたキャバ嬢が漏らした言葉を思い出す。

「何処行ってたの?ご丁寧に携帯の電源まで落として」
「あっ、落としてたんじゃねぇよ?地下だったから電波なかっただけ」
「苦しい言い訳だねぇ、牧野渉」
「ホントだって。サキと遊んでたもん。サキに電話する?」
「だったら何?その首元の…」
「えっ!?」

慌てて首元を押さえた俺に、起き上がって髪を結んでいた理美の顔が引き攣った。嗚呼…俺ってマジでバカ。首元に何かついてるわけねぇんだよ。実際何もしてねぇんだからさ。

でも、何つぅか…条件反射?そう、悲しい習慣みたいなね。

「あんた…死ぬ?この手で殺してあげようか?」
「イヤ、まだ死にたくないです」
「吐きなさい。黙ってること全部直ぐに吐きなさい」
「うぇっ…苦しいって」

いくら苦しそうな声を出したとしても、首元で重ねられたこいつの手の力が緩むはずはなくて。それどころかどんどん絞まってくもんだから、マジで殺されるんじゃねぇかと背中に冷たい汗が流れる嫌な感覚を覚えた。

「キャバ…クラ」
「何処の?誰と?」
「新宿…サキと」
「いいご身分だ。こっちは仕事で疲れてるにも関わらず寝ないで待ってたってのに」
「ごめん」

漸く解放された首元を擦りながら呼吸を整え、目覚ましで時刻を確認してベッドを降りた理美に両手を合わせる。さぁ、何て謝ろう。なんて思ってるうちに、どこから引っ張り出したのか俺のスウェットを着込んだ理美がドアノブに手を掛けた。

「さと…み?」
「お風呂。あたしこれから仕事なもんで」

いつもなら土下座して泣きが入るまで問い質されるのに、この違いは何だろう。いくら時間が無いとは云え、胸倉掴んで凄むくれぇはしそうなもんなのに。そう思いながら、ちょこちょことその後をついて歩く。
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