とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
「入れば?」
「イヤ、俺…ツレが居るから」
「えぇ!理奈もマキ君と一緒に飲みたいぃ」
「イヤ、ちょっとお前黙ってようよ」
「いやぁん。サキが怒ったぁ」

こんなムカツク演技丸出しでも、対戦相手になるだろう優奈は全く気付いていない。それどころか、「ご一緒にどうですか?」なんて言っちまう始末。鈍いと言うのか、何と言うのか。

結局その優奈の一言で調子に乗った女が上がり込み、俺達は修羅場を予想した。

「初めましてぇ、理奈でぇす」
「どうもー。マキです」
「こんばんわ。優奈といいます」
「マキ君のカノジョ?」
「イヤ、俺んじゃないよ」

チラリとサキを見遣り、「ドウスンノ?」と無言の圧力。隣で俯いたままのサキはそれを見ようともせず、ただお叱りを受けている最中の子供のように正座をしていた。

「あれぇ?サキのカノジョ?」
「あぁ…いや…」
「あっ、違うんだぁ。良かったぁ」

イヤ、待て。何も良いコトなんかねぇぞ?つーか、何故オメェは否定すんだ?

相変わらず俯いたままのサキは、ギュッと俺のシャツの裾を握り締めてもう泣きが入ってしまっていた。ドコで一杯引っ掛けて来たのかは知らないけれど、酔いなんかもうとうに醒めていることだろう。

「てか、理奈ちゃんだっけ?」
「はぁい」
「サキのコト狙ってんの?」
「あはー。バレちゃいましたぁ?」
「うん。バレバレ」

ソコは触れずにそっとしておいて欲しかったのは、何も変に背筋を伸ばして正座しちまってる俺だけじゃないハズ。

「だってさ。どうすんの?サキ」
「イヤ…どうすっもこっするも…」

ドギマギしすぎてカミカミのサキは、どっからどう見ても怪しい。下心丸出しってカンジで、さすがの優奈でも怒って1発や2発は引っ叩くだろうと思っていた。

「ねぇ、和也のどうしても外せない先約の相手って、この人?」
「えっ?あぁ…うん」
「女の人だったんだ」
「あぁ…うん」
「ならそう言えば良いのに。まぁ、別にあたしも訊きはしなかったけど」
「…ゴメン」

それで満足したかのようにグラスを傾ける優奈に、拍子抜けしたのは何も俺とサキだけではない。対抗意識バリバリだった女もポカンと口を開け、ただマキだけがクスクスと笑いを堪えていた。
< 22 / 50 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop