とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
「仕事大変そうだし、んなことしてたら美佳が倒れるからいらなーい」
「でも、またあんまりご飯食べてないんでしょ?」
「食べてるよ?今日もロケ弁大盛り」
「嘘だ。嘘つくシンは嫌い」

何を根拠に…と口先まで出掛かった言葉を、視界の隅に入った赤ペンを見て飲み込んだ。

仕事の時と週1回だけこの家で使われる赤ペンは、昨日の夜ある人物がこの家に来たことを意味している。あれだけ俺が居ない時には来るなと言ってあったのに、とんだ裏切り者だ。

「昨日、マキ来た?」
「来た。マキ君も心配してた」

膨れたいのは俺の方だ。いくら週1で英語を教えている生徒だとは云え、マキも男。美佳の感覚ではマキは生徒の1人に過ぎないかもしれないけれど、俺にとってはその辺の男と変わらない。

いや、俺達の関係を、俺を、よく知っている分だけその辺の男より性質が悪いかもしれない。

「じゃ、俺も約束破る美佳は嫌い。俺が居ない時はマキのレッスンは無しだっつったじゃん」
「ごめん」
「言い訳してよ」
「言い訳はしない。聞きたいならマキ君に聞いて」

せっかくの幸せ気分がこれで台無し。拗ねて皿の上のオムライスを残したまま、リビングとロールカーテン1枚で仕切られた美佳の寝室へと逃げた。ベッドに小さく丸まって横になり、抱き枕代わりに大きなクマのぬいぐるみをギュッと抱き締める。

言い訳をすることも無ければ、拗ねて逃げた俺を追いかけて来る気配さえない。あまつさえテーブルの上の食器を片付けようとするものだから、曲がりかけていたヘソも完全に曲がってしまった。言い訳を並べ合ってみたりご機嫌を取り合ってみたり、そんなことが俺達には少し欠けているのではないかと思う。

いや、これが欠けているのはおそらく美佳だけだろうけれど。
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