とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
片付けが済んだ美佳は、今度はキッチンを出て洗面所へとスリッパの音を響かせた。そして、背を向けて丸まる俺をまるで居ないかのように無視して通り過ぎ、ベランダへ出て洗濯物を干し始める。

これは自分ですると決めていたのに、何てガキなんだろう、俺って。美佳のこんな何気ない日常的な行動1つ1つに年齢差を感じる。俺なら絶対にこんな状況で洗濯物を干すなんてことはしない。

現に、自分が回していた洗濯機が出した終了の合図さえ聞こえなかったのだから。

「俺、する」
「良いよ。シンが干したらアイロン当てなきゃ着れなくなるから。お風呂沸かしてあるから入ってもう寝れば?疲れたでしょ?」
「じゃ、待ってる。一緒に入って仲直りしよ?」
「仲直りって…ケンカでもしてたの?あたし達」
「…してた。少なくとも俺は」

腰に回した腕を退けられ邪魔だと言われても、ここだけは譲れない。いつもそうだ。俺は言い合ったりケンカしたりしたいから仕掛けるのに、美佳にとってはただ俺が拗ねているだけ。いくら怖い顔をして怒っても、いつもさらりとかわされてしまう。

「情緒不安定なんじゃない?感情の起伏が激し過ぎる」
「それ、遠回しに俺がガキだって言ってない?」
「言ってる。だって、うちのクラスの子達と大して変わらないもん」
「変わるっつぅの。社会人だもん、俺」

高校生と一緒にされてはたまらない。と、手に持っていた靴下を奪い取って掌で何度か叩いて皺を伸ばす。俺が1つ靴下をピンで止める間に、美佳はもう全ての洗濯物を干し終えて部屋の中へと戻ろうとしていた。さすがに手早い…と、少し悔しかったからこれから洗濯物は出来るだけ自分で干すようにしようと心に誓う。

「冷えるから窓閉めてね」
「はぁい」

こんな返事ももうお手の物。男女が一緒に暮らすと相手の嫌な面が色々と見えてくると言われているけれど、こうも何でも完璧にこなされると俺ばかりが嫌な面を見せている気がしてならない。

この半年間で、つくづく自分が思っていたよりまだ子供だったことを痛感させられた。見た目はもう一人前なのに、中身が追いついていないのだろうか。それならそうで重要な悩みどころだ。

「ねぇ、美佳」
「ん?」

結わえた髪を解きながら振り返る顔が、少しオレンジ掛かって変に色っぽく見える。蛍光灯のせいだ。と逸る心を抑制し、ゆっくりと両手を開いて「来て?」と少し甘えた声を出す。

明るい中で顔が見えると恥ずかしい。ロールカーテンで仕切られた、この薄暗い空間がちょうど良いのだ。
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