とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】
しつこく俺の頬を抓って上下に揺さぶる手を無理矢理取り、じっとその色の無い瞳を睨みつけるように見つめる。

出会った当初から気付いてた。こいつの瞳には色が無い。

どんだけバカ騒ぎしてても、稀に酔い潰れても何も映すことの無いこの瞳が、実は俺を惹き付ける1つの要因でもある。何を考えてるんか、何を企んでるんかが知りたいと思うのは、立派な男心やろうと思う。

「いつまでも可愛いままやと思ってたら大間違いやぞ?」
「おー!そんな男前なことも言えるようになったんか」
「俺かて成長するんじゃ。バカにすんな」
「せやなぁ、りょーちゃんも男の子やもんなぁ。そりゃ無駄に色気も出てくるっちゅう話やわ」

今度はよしよしと頭を撫でながら、完全に弟扱いをして俺を宥めようとする。何やねん、こいつ。と、苛立ちを抑えきれずにその手を振り払った。

普通やったらきょとんとするはずやのに、目の前の女はなかなか手強くて。ニヤリと得意の笑みを見せると、場の空気をブチ壊しに来たボーイに悪態をつき始めた。

「小夜さん、そろそろホールお願いします」
「いーやー」
「お願いしますよぉ、小夜さんのお客さんめっちゃ待ってるんですから」
「もうおっさんらの相手はええっちゅうねん。安い酒ばっか飲ませやがって」
「ホンマお願いしますって。ただでさえ今日は由美さんおらんから忙しいんですから」
「呼べ呼べ。折角癒されてんねんから邪魔すんな。出ろ」
「はぁ…わかりました。失礼します」

扉を閉め切る間際、「小夜さんホール拒否です」と肩を落として小さなインカムに向かって嘆くボーイを心底哀れやと思った。何をそんなに嫌がる必要があるねん。と、ツッコミかけてふと見えた疲れきった横顔に言葉を飲み込んだ。
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