ストロベリーライン・フォーエヴァー
「あら、気がついたのね。ええと……フジシロさんだっけ?」
「美咲でいいよ。まあ、そのさっきは、その……とにかく礼は言っとくよ」
「あら、気にしないでいいのよ」
「ああ、ところでこの着物だけど」
「ああ、ごめんなさいね、勝手に着せちゃって。でもあの革の服はびしょ濡れだったし」
「あ、いや、こっちこそ悪いね。貸してもらっちゃって。ただ着慣れないんで、この辺にTシャツとか売っている店無いかな?ライダースーツの内ポケットに財布が入ってたはずなんだけど」
 吉川は部屋の隅のタンスの上に置いてあった美咲の財布を取ってきた。大した金額ではなかったが、吉川が中を確かめるようにしつこく言うので数えてみると1円たがわずお金は入ったままだった。店の事を言うと、吉川は部屋の柱にかけられて大きな時計を見ながら言った。
「じゃあ、駅前まで行きましょうか。この時間ならまだ開いていると思うし、すぐ近くだから」
 ちょうどその時、ギギッという音がして庭に一台の自転車が停まった。サドルを大きくまたいで日焼けした60代ぐらいの老人が妙にテンションの高い声で部屋の中に向かって声を上げた。
「よう、ねえちゃん!元気になったのか?」
 吉川が美咲の方を向いて言った。
「あちら文由さん。あなたを浜で見つけたのがその麻里ちゃんで、この家まで運んでくれたのがその人よ」
 その老人は遠慮もなく、庭先の縁側に座り込んで体をねじ曲げてこっちを見ながら笑いを含んだ声で言った。
「フミじいさんでええっぺ。地元の農協の運送員やってるから運ぶのは慣れたもんだが、こんなベッピンさん運んだのは初めてだ」
 そのままギャハハと豪快に笑うフミじいさんをたしなめながら、吉川は言った。
「フミさん。今日もうちで夕飯食べていくんでしょ?」
「ああ、そのつもりだが?」
「じゃあ、その自転車ちょっと貸してくれない?この人、あ、藤代美咲さんて名前なんだけど、この人の着替えを買いに行って来たいの。上はともかく、下着とかは私のお古ってわけにもいかないし」
「ああ、かまわねえさ。じゃあ、麻里ちゃんはその間俺が見てるっぺ」
「そう?じゃあ、悪いけどちょっとお願いね」
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