女の隙間、男の作為
☆゜・*:.。. .。.:*・゜☆゜


「カノ、ただいまー」

「あぁ、おかえり」

昼過ぎにオフィスに戻ってきたのはもちろん隣の席の男だ。
内心ではビクリと震えながらも、あくまで平然を装ってメールを打つ手を止めずに視線を左に向ける。

作業着を羽織っているものの胸元には、ブルーグレイのストライプのネクタイが覗いている。
照れくささとむず痒い感覚がじわりと内側に広がっていく。

「また日程表作り直しになったし。カノ、頼める?」

「え?あぁ、いいよ。まさか検収が後ろ倒しになるとか?」

「可能性ある。でも下期に数字ずれると上が五月蝿いからなんとかするわ」

「了解。データと議事録ちょうだい。30分で片付ける」

「さすが、俺のカノちゃん~」

いつも通りの結城とあたしの会話だ。
それは暗に結城から甘えていいと言われているような気がしてしまう。
“わかってるから大丈夫だ”と。

それこそあたしの甘えなのかもしれないと自嘲の笑みを漏らしつつ途中かけだったメールを最後まで完成させて送信ボタンをクリックした。

「あ、結城さん、お帰りなさい。ちょっとご相談あるんですけどいいですか?」

水野くんだった。
神妙な顔をしているのは、何か問題でも起きたのだろうか。
大きな問題じゃなければいいけど。

「あー煙草吸いながらでいい?」

煙草とライターをポケットに突っ込んでいる。
近頃の業務用車は禁煙らしいから、スモーカーは大変だ。

もちろんです、と水野くんもポケットに手を突っ込んで相棒がそこにあることを確認しているらしい。
どうもうちのグループには愛煙家が多い。

「しかしお前も俺とカノの時間を邪魔するとか無粋な真似が出来るまで成長したか」

「あ、すみません。
 ついでにこの1時間はこの島でカノさんと二人きりでした」

「そうだよ、結城。むしろ邪魔したのはあんた。
 水野くんとアイコンタクトして楽しんでたのにー」

クダラナイ会話だ。
でもそれが職場の潤滑油になることもあることは、6年の勤続生活で覚えたことのひとつだ。

結城は頭ひとつぶん小さい後輩の頭を鷲掴みにしながら肩を並べて喫煙スペースへと向かっていった。
グループ内の人間関係がスムーズなのは単純なことのようで意外と重要だ。
(お隣のグループはそれが微妙な人間関係のおかげでミーティングも御通夜状態らしい)

恵まれているのだ、きっと。
これ以上のことを望んだらきっと罰が当たるのに、懲りずに足りない何かを求め続ける。
そこにゴールがあるのだろうかと考えそうになってやめた。

そんな正解のない人生論より30分でやりきると言い切った日程表が先だ。

余計なことを考えないように。
頭の中のひとつの回路を遮断してデスクトップの画面とキーボードにのみ集中するスイッチをオンにした。

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