女の隙間、男の作為
その後の日々は驚くほど穏やかだったと後になって振り返ればきっとそう思うのだろう。
久しぶりに実家に帰れば相変わらず髭を生やした弟がフロリダから帰国していて、明らかに空港の免税店で買ったであろうクロエの香水をおみやげにくれた。
ちなみにそれは見事にあたしの趣味を外しているし、大量に買ってきたらしいピーナッツバターだってそんなに好きじゃない。
しかしながら、
「はい、マイちゃん。相変わらずせかせか働いてるんでしょ。
糖分とってリラックスしたほうがいいよ」
とか何とか殊勝なことを言われて大瓶のピーナッツバターを渡されたら、お姉ちゃんとしては受け取らないわけにはいかないわけで。
ついでに何なら髭面の弟にハグまでしちゃうほど、とりあえず弟のことは可愛いわけです。
「むっくん、相変わらず清潔感の欠片もないけど元気そうでよかったよ」
「マイちゃんは相変わらず男っ気ゼロだし色気もゼロだけど、意外と皺は増えてないね。身内の欲目をふんだんに加点してるけど、可愛いよ」
「むっくんは、お姉ちゃんのことが嫌いなのかしら?喧嘩売ってるの?」
「違うよ、マイちゃんには誰よりも幸せになって欲しいと思ってるってば。
たぶんこの島国にはマイちゃんを扱える男はいないだろうから、さっさとこっちにおいでよ。俺がマイちゃんに似合うビッグな男を捜してあげるから」
クロエの香水とピーナッツバターの時点で、明らかにあたしの嗜好を理解していない弟だけれど(ついでに髭面で小汚い)、やっぱり可愛くてついつい岡野家は彼を甘やかしてしまうのだろう。
「そうだね。仕事辞めて大いなる国でのんびりするのもありかもね」
ついつい零れてしまったあたしの弱音にも不出来な弟は疑いのない笑顔で“いつでもおいでよ、マイちゃん”と受け入れてくれた。
ただ、いいかげんその呼び方は改めてくれないかと頼んでみても、案の定聞き入れてはもらえず、“だってマイちゃんはマイちゃんでしょ”と反抗期知らずの弟らしい自己主張だ。