女の隙間、男の作為

『俺がカノと仕事できなくなったらどうなるかわかってないわけじゃないよな?』

“セックスの相手には困らないけれど、一緒に仕事をする相手はカノしかいない”

かつてそんなことも言ってくれたほど、あたしというアシスタントに全幅の信頼を寄せてくれた。

それもわかってるよ。

結局仕事だけじゃなくてベッドまで共有することになったのに、あたしは何も伝えないままに情報が公になったのだ。

『カノにとって俺はその程度の存在なわけ?』

相談もしてもらえない。
前もって打ち明けてももらえない。

その他大勢と同じタイミングで聞かされる、そんな信頼関係なのかと、彼は憤っている。

わかってる。

あんたの言い分も憤りも全部想定内だ。
むしろあたしの自惚れじゃなかったことにどこか安心すらしていると言ってもいい。

ごめん。
でも敢えて言うよ。

『あんたはあたしにどうして欲しかったの?
相談して欲しかった?
誰よりも先に打ち明けて欲しかった?
それとも断って欲しかった?』

頷かれるより先に答えがわかってしまった。

『あんたはあたしのことが好きなんだよね?』

今となってはそれを疑う選択肢もなくなってしまった。
遊びにしてはハイリスクだし、過ごした時間の濃度が濃すぎる。

『このタイミングでそれを聞くわけ?』

これほどの男にこんな表情をさせる女があたしでいいのだろうかと思いつつも、今更後には退けない。

進路も退路も自分で決めると決断したのは自分自身だ。

『あんたが惚れた岡野麻依子は自分の人生も自分で決められないような甘ったれた女だっけ?
泣きながら今のままがいいって縋りつくような女だっけ?
たとえばパートナーに“行かないでって言ってよ”なんてフザけたことを言う女だっけ?』

結城の表情が変わったのがわかる。

でもまだボールは返さない。

『一緒に仕事ができなくなる?
あたしの赴任先聞いてた?うちとフロリダオフィスと繋がる案件の営業担当って誰だっけ?
誰の仕事が多くてあたしが抜擢されたと思ってるの?
あたしが向こうでどんな仕事するか懇切丁寧に説明しようか?
どこかの誰かさんが一生懸命コスト削減して来期の受注を確約してきた評価テストのハンドリングだそうですよ。
効率の悪いフローを見直してバカでもこなせるようにするのがあたしのお役目。その場合、日本側のどなたと調整することになるんだっけなー』

我ながらなんて可愛げのない言い方だと思いつつも、ここで殊勝になるのは自分らしくないから。

一気に言い捨てたところでさらに抱き寄せられた。

背骨が折れるかと不安になるくらい手加減無しの力。上昇する体温に比例する室温。

いいかげんエアコンのスイッチを入れるべきかもしれない。
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