女の隙間、男の作為


『ごめん』

もちろん声の主はあたしだ。
相手はまだ何も言わない。

『それでもあんたには朝会より先に打ち明けるべきだった。
ちゃんとわかってる』

背中に感じていた手が後頭部に移動したり、また腰に下りてきたりと忙しない。

『全体発表前にこうなったら、たぶん迷うってわかってたから』

“だからどうしても言えなかった”

ココで泣くのは卑怯な女がすることだ。
だから絶対にそれだけはしない。

奥歯を噛み締めて何が何でも耐えてみせる。

『迷ったわけ?』

なんであんたはこんな状況でそんなに優しい声が使えるの?

『わかってるくせにいちいち聞かないでよ』

誰に仕事を引き継ぐのか。
そもそもあたしがいなくなったらこのワガママ営業マンのフォローは誰がやるのか。

あたし以外の誰かがコイツの隣の席に座って、無茶苦茶な指示に必死に応えている光景を想像して、わけもなく寂しくなった。
たぶん、それが探していた答えだ。

『それでも先に聞きたかった』

『わかってる。ごめん』

一緒に仕事をしていたいのはあたしも同じだ。
できることならあの席は誰にも譲りたくない。
コイツのワガママはあたしだけが聞いていたい。

何度セックスしてもこの答えには辿り着かなかったのに、仕事のパートナーが他の誰かに変わることを想像しただけであっさり認められた。
あたしって女はどうしてこうなのだろう。

『…カノ』

『んー?』

抱き締める力はいつも通りの心地好いものになっていたけれど、離れるという選択肢は無さそうだ。

『行ってもいいからさ。俺と結婚して』

『はぁ!?』

思わず力いっぱい相手の身体を突き放す。
このひと、いまなんて言いました?
けけけけけけけっこん!?
結婚ってケッコン?あの男女二人が契りを交わすアレ?

『結城くん。今のは何かの冗談では…』

『俺の決死のプロポーズを冗談にしようとはいい度胸だな』

離れた身体を元に戻そうと加わる力になんとか抵抗して、一定距離30cmをキープ。

『無理。断る』

『カノちゃん、ヒドイ…』

中性的な綺麗な顔がまた見事に崩れていくのを見るのはなかなか面白いけれど、今はそれどころじゃない。

『落ち着いて考えなさいよ。何で突然そうなるのよ』

『だって、カノと一緒に仕事できないならもう結婚するしかないでしょ』

『意味不明なんですけど』

『夫婦で同じ部署は無理だろ。俺がカノを嫁にしない理由は一緒に仕事ができなくなるのが嫌だったから。
でもこれで別の職場になるなら結婚するしかない。また他の男に取られそうになるのも嫌だし』

なにこの自己中心的な根拠!
しかもなんでドヤ顔なの!
意味不明!

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