女の隙間、男の作為
月半ば時点で残業は法規すれすれの量に近づきつつあるし、使ったフレックスの回数も役員より多いと思う。
資料作りに伝票処理に数字の管理。
受発注に支払・入金処理、それから新規顧客データの登録。
日々は同じことを繰り返しながら怒涛のように過ぎるしいちいち感慨深くなってもいられない。
この忙しなさとアルコールに満ちたオフィスライフが岡野麻依子の日常でありそこそこ満足している。
もちろん本音を言えばアルコールの耐性も低下しつつあることとか、ほうれい線が気になりだしたとか、安物の美容液ではなんとも対処しがたい肌荒れとか、冷蔵庫の中の賞味期限間近のなめ茸のビン詰とか、気がかりなことも不満もそれこそテンコ盛りにあるわけだが致し方ない。
これも人生の醍醐味だと無理矢理言い聞かせることでストレス軽減に努めている。
(コンビニで立ち読みした美容雑誌にもストレスが良くないと太字のゴシック体で書いてあったし)
瑞帆のように素敵な旦那様にはご縁がない生活にそろそろ“おひとりさま老後”について徐々に考えつつあるけれど、それはまだ誰にも言っていない。
でも婚活するより年金のもらえない老後について真剣に考えるほうが正しいライフプランだと思う。
そしてそんな働きづめの岡野麻依子の運命の日は中弛み感の満ちた月半ばの火曜日にやって来た。
「…はよーございまーす」
10時出社と野菜ジュースは最早あたしのアイデンティティだと思っている。
(たぶん周囲の人間も認めてくれていると思う)
だらしのない挨拶をしながらフロアを抜けて自分の席にやってくると既に書類棚にもりもりと書類が積まれていた。
ポストイットにはそれぞれの営業マンの個性溢れる字で好き勝手な指示が書いてある。
いつものことだから問題なし。
ただ毎回言っているように読める字で書いて欲しいというささやかな望みがいつまで経っても叶わないことがツライだけだ。
(そして悲しいかな、この個性的な象形文字も時が経つに連れて解読できてしまうのである)