女の隙間、男の作為
パソコンを起動させている間に書類の山をパラパラ見ていると何よりもまず気に入らないものが目に入ってしまうのは本能なのか習性なのか。
どちらでもいいけれどコレは許すべきではない指示だとあたしの仕事魂が叫んでいる(ような気がする)。
「ちょっと、御子柴ぁー!」
「あれ?カノちゃんいるってことはもう10時か、早いな」
いちいち嫌味ったらしい男。
(だから40過ぎても独身なんだよ!)
「ちょっとコレどういうこと?なんで買が値上げになってるの?」
「あーそれ?仕様変更出ちゃって…」
「ならなんで売値が据え置きなの!」
「…客が値上げは無理って言い出して」
「アホー!これじゃうちの利益が無いどころか赤(字)になるだろー!」
怒鳴りながら同時に愛用の電卓を瞬時に叩いてあたしの大嫌いな『マイナス』の符号を見つけた。
「あぁごめんごめん。でもまぁたいした額じゃないからさー」
「あたしに赤の伝票処理なんてさせるなぁ!営業なら数字に執着しろー!」
ギャンギャン喚いているところで部長の笑い声が聞こえてきた。
「ほら言ったとおりだろ。カノが黙ってるわけない」
はぁと頭を掻くのは都合が悪くなったときの御子柴の癖だ。
「部長のお許しが出てるってことですか?」
「この分を今月検収の別案件でなんとかするって条件でな」
「…それならいいですけどー」
本当は全然良くないし利益のない仕事なんて一切やりたくないけれど上司の承認済みならば仕方あるまい。
所詮あたしは一介のアシスタント。
営業マンを怒鳴る権利だって本当は無いのだから。
その点、瑞帆は沈黙を守るあたしとは正反対のタイプだ。
赤字だろうが黒字だろうが一切関係ない。
決められた数字を決められたタイミングで決められたシステムに機械的に打ち込むマシーンみたいな女。
(そして実際に定時になった瞬間に退勤ボタンを押す)
頼まれたことは無言で引き受けるけれど頼まれたこと以外は一切手を出さない。
本当はあたしも瑞帆みたいにドライになりたいけれど、性格的にそれが無理だと悟ってからは諦めて今のスタイルを貫いている。
「御子柴、カノの御機嫌取りを忘れるなよー」
「はっ!熟知しております!」
部長の嫌味も御子柴の調子のいい相槌も何一つ気に入らないけれどこれも我慢するしかない。
さて落ち着いてデスクに腰を据えようとしたところで部長からさらに呼ばれた。
用があるなら一気に済ませてよ、とはもちろん口にはしない。