女の隙間、男の作為
「あのね、あたしは他人の携帯なんて触りたくもないの。あなたは他人の携帯触るのに抵抗なさそうだし、返してあげたら。では、仕事がありますので」
「じゃあここに置いていくから! 携帯ないと困るんじゃないの!?」
「知らないよ。社会人なのに携帯忘れたり落としたりする本人の落ち度でしょ? あの男が困ろうと自業自得だよ。置いて帰りたければそうすれば?」
女はあたしの返事がよほど気に入らないのか目を見開いている。そのせいでまたカラコンがずれて、気になってしょうがないじゃないか。やっぱり教えてあげるべきなのかな。
「あなた、結城さんが仕事で困っても気にならないんですか?」
「だから自己責任だってば。それに」
「それに、なんなのよ」
愛用の腕時計が示す時刻は午前10時5分。そろそろこの茶番もお開きにしなくては。
「あの男の仕事関連の連絡先ならあたしのココに全部入ってるから問題ないしね」
ココと頭を指で示すと、社員証と空になった野菜ジュースのパックを手に席を立つ。もちろんiPhoneはテーブルの上に置き去りだ。夫婦だろうが家族だろうが、自分のもの以外の携帯には指一本触れたくない。
さて、戻って仕事だ。週に一度の出社日に岡野麻依子の一日は忙しいのである。