女の隙間、男の作為
「あ、カノ戻ってきた。旦那様が探してたわよ」
「瑞帆ちゃん。あなたの部署に部長なんだから瑞帆ちゃんが面倒みてよ」
「嫌だよ」
「即答かよ」
「あたりまえでしょ」
フロアに戻ってデスクに座ったところで、背面から瑞帆の声が聞こえてきた。どうやら瑞帆も出社日らしい。めずらしい。
「なんであたしが隣の部署の部長の面倒見なきゃいけないんだよ」
「元はあんたが甘やかしたせいで、人に仕事させることに慣れてるせいじゃない?」
「それは申し訳ありませんね。でもほら、二年前の組織再編で部がふたつに別れて、わたくしは結城部長の部下ではないわけですし」
ニッコリと笑って、パソコンの画面に向き直る。あたしの主張は間違っていないはずだ。あたしは相変わらず営業部のアシスタントとして仕事をしているけれど、あの当時の部長が担当役員に出世したおかげて、役員秘書までやらされている。あのおっさんときたら、
「気心知れたカノちゃんがいいなー」とか都合のいいこと言いやがって! あたしをフロリダに売ったこと忘れてないからな!
そんなこんなで、アラフォーとなった岡野麻依子は相変わらずあわただしく働いているのである。
ちなみに背面にいる瑞帆はふたりの子どもに恵まれ、最近になってようやくフルタイムでの仕事に復帰したところだ。これも在宅勤務が広がったおかげである。家にいながら仕事ができるなら、子どもを抱えて時短勤務で無理をして仕事をしなくてもいいわけだ。小学生ふたりを育てながらの仕事はたいへんそうだが、昔より業務量は減りつつあるので瑞帆は楽勝だと笑っている。
「しかし、このご時世にあんたに来客ってなんだったの?イタズラ?」
「まぁ、そんなところかな。新手の押し売りみたいなやつ」
喧嘩の押し売りだったけど。買わないけど。
「あんたに押し売りとか勇気あるね」
「そうだよね。コロナ禍でどこも不景気で必死なのかも」
「ふーん」