女の隙間、男の作為

瑞帆はなにかを察しているみたいだけど、こんな場所で愚痴るほどあたしも愚かではない。かといって、あたしを探していたという渦中の男のことは後で一発くらい殴っておこう。

『マイちゃーん。俺の携帯見てない?』

今朝、マンションでそんなようなことを言っていた気がするが、出社日のあたしの朝は自分以外の人間に割ける時間は一秒もないので無視をした。
昨夜はこのご時世だというのに、取引先の重役と会食だと言っていたので、大方さっきの若い女の子はその重役が連れてきたのだろう。むかしを思い出す。結城を狙う女の子の種類は10年経っても変わらない。あの手の女の子は過去に100人は見てきた。どうせ席を外した時にでも盗られたのだろう。脇が甘い。バカめ。

「御子柴は、午後から出社かぁ。それまでに過去伝票探しあてなくちゃ。瑞帆ちゃん、6年前の伝票ってフロアのキャビネットじゃなくて地下書庫だっけ~?」
「伝票電子化したのが3年前で、直近3年分はいつもフロア保管だったわけでしょ? ということはまだこのフロアにあるんじゃないの? キャビネット空けろって指示あった?」
「そうだよね。キャビネット開放宣言は出てなかったよな。ということは6年前ならギリ書庫いかなくていいかも!わーい」
「さすがに6年前の金額までカノも覚えてないか」
「いや、売値は覚えてるんだけど、当時のメーカーの見積書の見積条件とか細かいことまで覚えてないからさ~。確認しないと怖い」
「マジか。あんたの脳内データベースどうなってんの? 先月結婚記念日忘れてて結城に怒られてなかった?」
「どうでもいいことは覚えない仕様だから」

瑞帆こそそういうどうでもいいことを覚える脳みそをなんとかしてほしい。おかげで先月、夫に責められたことを思い出してしまったじゃないか。

「どうでもいいっていうのは聞き捨てならないね。カノちゃん」

瑞帆は退散とばかりに、大げさにキーボードを打ち始めた。おい、ずるいぞ、瑞帆!

「結城部長、おはようございます。水曜日は恒例の総合部会では?」
「会議は30分以内が原則になったからね~。どうでもいい会議はどんどんなくさないとね」
「総合部会をどうでもいいって言い切った!みんな思ってて口にしないこと言った!」
「だって、俺は部長だもーん」
「君が部長とはね。時の流れって怖いよね」
「カノはいくつになってもかわいいから大丈夫だよ」
「うるさい。仕事の邪魔。消えろ」
「奥さまが冷たい…今日はもうダメだ…」

いくつになっても変わらないのはお互いさまで、結城圭史という男はまるで変わらない。変わったのはスーツのブランドくらいで、そうはいってもイギリス贔屓なのは相変わらずで、ここ数年はオースチンリードを愛用している。
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