女の隙間、男の作為
例の散々な土曜の昼下がりから早数週間。
岡野麻依子の受難の日々は既に最悪のレベルにまで落ちていた。
変化など訪れるはずのないあたしのオフィスタイムはひとりの大馬鹿野郎の所為でメチャクチャだ。
つまり松岡祥平なる男がどうやら本気(なのか何か目的があるのか知らないけれど)で岡野麻依子を口説きはじめたのである。
大手商社から出向中の優秀(らしい)営業マン。
顔よしセンスよし数字よしの三拍子の男に言い寄られたらさぞ女としていい気持ちだろう。
――それが岡野麻依子以外の女であれば。
『マイコは今日何時に帰れそう?帰りに飯食ってかない?』
『そんな重い荷物持ったら危ないよ。貸して』
『マイコにおみやげ買ってきた。ここのプリン、すきだって言ってただろ』
とかなんとか。
こんな会話は日常茶飯事。
ついでに3日おきくらいに“お仕事”飲み会に駆り出され深夜まで付き合わされる。
仕事上でもアシスタントでもなければプライベートの彼女なわけでもない。
それなのにその場では自分のアシスタントのように紹介し、会話の端々に勘繰らざるを得ないような台詞を盛り込んでくる。
それはそれは特大サービスと言うに相応しいリップサービスだ。
“カノ、大丈夫か?
次はジュースにしとけよ”
“俺の大事な女の子なので変なもの飲ませないでくださいね”
“マイ、これすきだったよな。俺の分あげるから食べていいよ”
隣に座らせていちいち肩を抱き寄せたり頭を撫でたり腰を抱いたりの過剰演出の連続に生中一杯で吐きそうになったことは一度や二度のことじゃない。
個人的な誘いならいくらでも断る方便も技も持っているけれど“仕事”という体裁を全面に出されたらそうもいかない。
会社に飼いならされたあたしの仕事遺伝子がNOと言わせないのだ。
『石井さん。すみません、今日もカノちゃんをお借りします』
殊勝な姿勢でうちのグループリーダーに頭を下げられては、援護射撃はどこにも期待できない。
唯一結城だけは、
『松岡ー。近頃俺のカノちゃんを独占しすぎじゃないー?』
などとあまりありがたくない援護射撃をしてくれたども。
結城の場合は間違いなくただ“言いたいだけ”だろうけども。
つまり何の役にも立たないということだ。