女の隙間、男の作為
☆゜・*:.。. .。.:*・゜☆゜

「やっとカノが俺のところに戻ってきたー」

業務を無理矢理切り上げて結城の顧客との飲み会に向かうところだった。

エレベーターに乗り込んだ途端、問題発言と共にひとまわり大きな身体が抱きついてきたので即座にジミーチュウで踏んでやった。

「誤解を招く言動は慎みなさいよ」

化粧直しもしていない不完全な眼で睨みを利かせてもたいした効果は期待できそうもないけれど何もしないよりはマシだろう。

そもそも化粧直しもせずに客先と合流って社会人のマナーを何処に置いてきたんだ、岡野麻依子!
(まぁいいや。結城の存在は無視して行きのタクシーでささっと直しておこう)

「近頃松岡に独占されてて寂しかったんだもん」

「なんだその嘘くさい顔。いい年して“もん”とか言うな。気持ち悪い」

“そもそも日中はほぼあんたのために捧げてるじゃないのよ”

朝一番(この場合あたしの出社に合わせた10時を指す)から怒涛の指示ラッシュ、その後外出してからも1時間に1回は電話を入れてきてあれを確認しろだのそれをフォローしろだの指示語ばかりの遠隔操作を仕掛けてきて、帰ってきたと思ったらまた別の指令。

御子柴と水野くんに割く時間なんて二人合わせても10%にも満たない。

「俺、カノが居なくなったら死ぬと思ってるから」

「誰が居なくなってもなんとか回っていくのが組織ってものでしょ。そんなのただの思い込みだよ」

嬉しくないといえば嘘になる。
誰かにこんな風に必要とされるのは嬉しいことだし、自分の仕事が認められているということだ。
でも同時に誰かひとりに頼り切る組織がいかに脆いかも知っている。
誰が抜けても昨日までの状態を維持するのが正しい組織の在り方だ。

「正論を言えばそうだけど、実際カノが居なくなったら俺の仕事はなにひとつ回らない」

“俺はカノ無しじゃ生きていけないの”

懲りるという言葉を知らないらしい結城はまたあたしの肩を抱き寄せた。
同時にこめかみに感じる柔らかい感触。
まったくこの男は。

そしてまさにその瞬間1階ロビーに到着して鉄の扉が開いた。

“お。今夜は結城カノの元祖ペアか。展開読めないなー”

相手が営業部の長でなければ殴ってやるところだけれど仕方あるまい。
日本の組織は年功序列。階級主義だ。

「お疲れ様です。お先に失礼致します」

「はい、お疲れさん」

結城はあたしの背中に添えた手をタクシーに乗り込むまで離さなかった。

すれ違う総務の女の子達の視線をひしひしと感じながら、あたしは何処かで何かを諦めた。
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