女の隙間、男の作為
結城圭史はあたしより4つ年上の33歳の優秀な営業マンだ。

4年前にうちの会社に中途入社してきた結城は、最初の1年で予算の120%の数字を打ち出すなどという快挙を成し遂げて我が部のエースの名を欲しいままにした。

当時彼を引き抜いてきた男も“予想以上だ”と結城を大絶賛し、“これなら安心だ”と言ってあっさりうちを辞めて行ったっけ。

少しだけ長めの黒い髪と中世的な顔立ち。
香水はアラミスのオードトワレ。
煙草はマイルドセブン。
愛用スーツはバーバリー ブラックレーベル。

その嫌味なほど優れたセンスに群がる女は社内だけに留まらず。

客先、仕入先、関連会社から社食のおばちゃんまで広域に渡って網をめぐらせている。

結城自身自分が女の目にどう映っているのかをそれはそれは熟知しているので、さらに性質が悪いのだ。
一挙一動がどんな影響を与えるのかを知り尽くした上で女を煽る、口説く、寝る、それからバイバイ。

その繰り返し。

根っからの女たらしなのである。

今だって手抜きの化粧直しをしているあたしから仕上げのリップグロスを取り上げて“俺にやらして”と言うが早く、あたしの顎を掴んで唇にそれはそれは丁寧にランコムの320番を塗っている。

バッグミラー越しにチラチラと感じるタクシーの運転手の視線が痛い。
下手なキスシーンより扇情的なソレを客観的に想像して、思わず眉が寄った。

“たまには塗るのも悪くないね。いつも落とすばっかりだからさー”

悪びれない発言の解釈はつまり、

『女のグロスは男の舌で落とすもの』

天晴れな女タラシぶりですこと。


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