女の隙間、男の作為

「やっと結城さんにお会いできて感激ですー」

スーパーで大安売りしている蜂蜜みたいな甘ったるい声が耳の内側にベッタリ貼りついて離れない。

開始5分でこの飲み会の主役が彼女なのだとわかった。

先方が連れてきた百恵ちゃんなる女の子は最初から結城ただひとりしか視界に入れておらず結城の名刺は大事に両手で受け取ったものの、あたしの分はものの3秒でゴミ同然の扱いをされた。

シフォンのスカートにゆるく巻いた明るい茶色の髪、有名レーベルの桃色のバッグ、綺麗に飾った爪。
どれも数年前の自分にすらない典型的な女子的要素。
うちの会社にも数多く居る、云わば“結城の取り巻き”のステレオタイプが此処にも居たということだろう。

「結城くんに会わせろ会わせろって五月蝿くてね」

先方の部長も何かを諦めているのか、敢えて彼女を嗜めることもしない。
明らかにあたしに対する無礼を心苦しく感じているようで、ビールを注いでいるときにこっそり“申し訳ない”と謝られた。

こういうシチュエーションは珍しくない。
相手方の女の子が結城に夢中になるのは毎度のことだし、結城目当てで来る女の子がいることだってザラだ。

結城だけにお酌をして、結城だけに料理を取り分けて、結城の話だけを聞く。
百恵ちゃんもそうなのだろう。

そして結城は彼女をお持ち帰りするに違いない。
今までがそうだったように。

「こんなに可愛い子にそう言っていただけるなんて光栄ですよ」

胡散臭い台詞が様になるのが結城圭史という男。
女の子はそれに頬を染めて、さらに結城に身体を寄せる。
いつものパターン。

あたしは百恵ちゃんの御機嫌を損ねないよう相手方のおじさま達との他愛ない会話に集中するまでだ。
適度に相槌を返し、適度に笑ってみせて、適度なペースでグラスを空ける。
< 39 / 146 >

この作品をシェア

pagetop