女の隙間、男の作為
「岡野さんって結城さんとは何でもないんですよね?」
トイレから出てくると待ち構えていたように百恵ちゃんがピンクのグロスを丁寧に塗り直しながら、鏡越しにあたしの視線を捕らえる。
ここまで敵意を剥きだしにされると戦意なんてものは沸き起こらず笑いだけが込み上げてしまうのは年の所為だろうか。
それでも既に剥げ落ちた自分のグロスはあの男が塗ったものなのよと言ってやりたくなるくらいの意地悪さもまだ残っていた。
それを伝えたらこの子はどんな反応を見せるのだろうと想像し、安易に答えが出たのでトライはやめておく。
「もちろん。わたしはただの業務上のアシスタント。同僚と寝る趣味はないから安心してちょうだい」
でもあなたはその他大勢のひとりにしかなれないけど、それでいいの?
年寄り染みたアドバイスも結局飲み込んだ。
きっと彼女はそれでもいいとどこかで思っているに違いない。
彼女達にとって結城はある種のステイタスなのだろう。
一度切りでもそれなりの価値がある、と。
“安心しました”とでも言うような若さ溢れる表情だけを残して百恵ちゃんは席に戻っていく。
トイレには彼女の甘ったるい香水の残り香が漂っていた。
これがあの男のシャツに移るまでにあと何分必要なのだろう。