女の隙間、男の作為

「カノ。タクシー呼ぶから待ってて」


二次会でお開きになったのは0時過ぎ。
ギリギリ走れば地下鉄がある時間だった。

隣で目を光らせている百恵ちゃんの視線から逃げるように“そんなのは要らない”と手を振る。

タクシーくらいは自分で捕まえられるし、駅まで走って地下鉄に乗ったって構わない。
(ただ日本酒がリバースする可能性は多分にあるけれど)

「うちの村瀬(百恵ちゃんの苗字である)をよろしくね」

相手方のおじさま達は御機嫌でタクシーに乗り込んで帰っていった。
もちろんそのチケットはうちの交際費から捻出される。

「安全に送り届けますよ」

結城の営業スマイルは詐欺に近いものがある。
いったいどこまで“安全に”送り届けるのが大いに疑問だけれど深く関わらないのが得策だ。

客先を見送った今、あたしの仕事も終了。

「結城さーん。気持ち悪くなっちゃいましたー」

嘘くさい演技をしている百恵ちゃんのことはうちの営業マンに任せてさっさと帰りたかった。

「あーはいはい。店に戻ってトイレ借りよっか。
カノ、お前、待ってろよ」

「ハイハイ」

手を振って二人の背中を見送る。
そしてあたしは待ってろと言われて大人しく待っている女ではない。

そこまで酔っているわけでもないし、自分の足で歩ける以上帰宅手段くらい自分でなんとかするのがオトナの女ってやつだ。

大通りでタクシーを拾おうとジュミーチュウの踵を鳴らす。
(地下鉄に乗る元気はやっぱりなかった)

バッグからiPhoneを取り出せば松岡からの着信が3件あった。
どれもメッセージは残されておらず、直近の着信は30分前だ。

今夜が結城と接待だと知っていての電話なのかどうなのか。
掛け直して意味と正解のない会話をするつもりにはなれず、ホーム画面に戻す。

仕事しかしていない日常だけれど、仕事が終わった今は何も考えずに居たい。

明日はきっと昼まで寝てしまうだろうから、洗濯と掃除がまた日曜日になるなと思いながらタクシーを止めようと右手を挙げる。

2台に振られて3台目でようやく捕まえたと思ったところでその開いたドアを背後から掴まれた。
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