女の隙間、男の作為
「出るな」

「は?」

「って言ったら、出ないでくれる?」

左側から抱き締められるような体勢で。
酔っ払っていると表現できるかどうか曖昧な状態の結城と目が合う。
ブーンと小刻みな振動はまだ続いている。

「金曜の0時過ぎの帰りのタクシーで、さらに疲れそうな相手と話すような体力は残ってない」

結城がふっと笑ったのがわかったけれど、断じてお前のためじゃないと言ってやりたい。

「カノ」

「なによ」

“ていうか、離してくれない?”

結城のバーバリーからはかすかに百恵ちゃんの香水の匂い。
断じて嫉妬ではないけれど気分が悪くなったのは否定しようもない事実だ。

結城の腕は解けないしたぶんあたしもそれをわかっていた。

「…俺はカノにだけは手を出せない」

「結城。もう黙って寝たら?」

その先の会話は何が何でも避けたかった。
コイツが何を言おうとしているのか本能的に悟ってしまったからだ。

「俺はどの女の子よりカノを気に入ってるけど、」

「結城、あんた飲みすぎたんだよ。もう寝なって」

お願いだからその先は言わないでよ。

「セックスする相手には困ってないけど、いっしょに仕事する相手はカノしかいないし」

「ハイハイ。わかったから、」

“いいから寝ろ”と続けようとしたけれどそれは叶わなかった。
いちばん聞きたくない台詞を言われてしまったからだ。

「でもやっぱり俺にとってカノは先輩の大事な女だってのが抜けないから」

最悪だ。
ずっと避けていた会話だったのに。

iPhoneの振動が止んだことにも気づかないくらいの衝撃が自分を襲う。
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