女の隙間、男の作為
「あんた、それを何で今言うの?」
“先輩の大事な女”
たった数文字を耳にしただけで、あたしは封印した過去をいとも簡単に開けてしまうのだ。
結城をうちに引き抜いた“先輩”。
それはあたしが入社して初めてペアを組んだ営業マンであり、あたしに仕事のノウハウを叩き込んでくれた上司でもあり、そしてあたしを骨抜きにしてしまった男でもある。
封印した過去の記憶だ。
“マイ”
ベッドの中でだけあたしをそう呼んでくれた男の顔が一瞬だけ脳裏をよぎる。
会社では“カノちゃん”と徹底して呼ぶくせに、二人きりになったときだけ極上の声であたしを甘やかす男だった。
あたしはまだ23歳で。
そんな男に夢中になるくらいに無鉄砲で愚かで正直だった。
彼に喜んで欲しくて仕事を覚えたし、彼の役に立ちたくて頼まれたこと以上のこともしたし、彼と居る時間を増やしたくて仕事の飲み会にも最後までつきあっていたようなものだ。
あたしのベースは入社当時のバカみたいな恋愛に基づいている。
それを誰かに感謝するべきなのか怒鳴り散らすべきなのかわからずにこうして月日だけが過ぎてしまったのだ。
仕事ぶりを誉められるたびにあたしは自分を捨てた男を思い出す。
その条件反射に都度吐き気を覚え悪態を吐いて過去の自分を呪う。