女の隙間、男の作為

「あ、カノちゃん。おはよう。昨夜もありがとねー。
で、早速のところ悪いけどこの見積り作って送っておいてー」

瑞帆との会話に割り込んできたのは同じグループに所属する営業マンだった。

御子柴健司。
齢40にしていまだ独身の彼は目下婚活に勤しんでいるとの専らの噂。

あたしがアシスタントをしている4人のうちの1人で、いちばん数字の悪い男。
まぁこのセンスの悪いネクタイを締めている時点で利益率が悪いことが丸分かりだ。
(いったいどこのレーベルだろう)

でもまぁあたしの3倍の量を飲んでいても定刻通りに出社しているのだから、あたしよりは真面目な人間なのだろう。

その肉厚な手から紙切れを受け取って中身を見る。
顔馴染みの仕入先の見積りだった。

「ハイハイ。承知しました。コレ、何%乗せるの?」

つまりうちの利益はおいくらなのか、と。
右から左の商売ではこのパーセンテージが何より重要なのだ。

「あぁ10%でいいよ」

「10%?取るねー。いいの?提出先は誰?」

告げられた社名と担当者名と自分の脳内フォルダのデータは0.5秒で一致した。
6年も同じ仕事をしていれば担当している営業マンの顧客くらいは把握できる。
そして御子柴が挙げた名前の主は、こちらの言い値で納得してくれる大変太っ腹なお客様である。

「神野くんかー。なら、見積り送るときに“また美味しい焼肉食べましょうね”って言っておこうかな」

「あーいいね。カノちゃんがそう言ってくれたらあの人絶対発注かけてくるし、飲み会の設定してくるよ」

「じゃあ15%乗せていい?」

「…カノちゃんって今すぐ営業担当に転向してほうがいいんじゃない?」

“俺の3倍は稼ぎそう”

御子柴氏はヘラヘラ笑いながら自分のデスクに戻っていった。

抜かりなくあたしのデスクに置いてあるガムをひとつ口に放り投げていったことをわざわざ指摘するほど心の狭い女じゃないけれど、ろくに売上もない男に施しをくれてやるほど余裕があるわけでもない。
(でもまぁいいや。どうせ先週社内の売店で部長に買ってもらったやつだし)

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