女の隙間、男の作為
「カノ。これ、長崎出張のおみやげ」
珍しく9時出社をしたら早速松岡の嘘くさい笑顔に捕まった。
ポールスミスから広告料を貰ったほうがいいと助言したくなるほど今日も同じレーベルを着こなしている。
「あーどうも。では女子で平等に美味しくいただきます」
黄色い箱の中身は長崎らしいカステラだろう。
切り分けられているタイプなら取り分ける手間も省けて助かる。
後でメール展開しておかなくては。
「カノは行ったことある?長崎」
「え?あぁ――高校の修学旅行で行ったきりかなぁ」
“未成年じゃ酒も飲めないし、今思えば旅の醍醐味を欠いてるよね”
男は声に出して笑い当たり前のように“じゃあ今度一緒に行く?”と続けた。
今なら十分酒も飲めるしきっと楽しいよ、と。
「答えがノーだってわかってて誘うのやめてくれる?」
カステラはありがたいし美味しいから嬉しいけれど、こんな退屈な会話に巻き込まれるくらいなら一口だって食べたくない。
「今朝は気が変わってるかもと思って」
崩れないポーカーフェイスの真意はいまだ不明のままだし、探るつもりもない。
朝っぱらから面倒は御免だ。
作らなければいけない見積が山済みだし、納期確認をしなければいけない伝票も何件かあるし。
(だからこそ9時出社をしてきた)
「一生変わらないから早々に別のお相手を探していただけるよう強くお願い申し上げます」
本社の役員を相手にするときと同じ角度で一礼してやると、その下げた頭をがしっと掴まれた。
「ほんとうに手強い女だねー」
“でもまだ諦めないけど”
例によって例のごとく耳元でそんな鬱陶しい台詞を吐かれたのと同時に、後輩の声が響く。
“カノさーん!結城さんから電話でーす!”
チッとという舌打ちはわざとあたしに聞かせたのだろうか。
松岡はそのまま喫煙室へと消え、あたしはカステラ片手にデスクへ戻る。
面倒な状況を終わりにしてくれたのが結城というのが手放しに喜べないけれど仕方ない。