女の隙間、男の作為
“頼むね、カノちゃん(はぁと)”

鬱陶しい声は丸無視をして受話器を挟んだ所為で左に傾いた視界のままアルファベットの羅列を追っていく。
なんでアメリカ人は揃いも揃って改行というものをしないのだろうか。
どこまでが同じ話題なのかわからないじゃないのさ。

「うーん。ラフな解読によると試験マシーンが故障して修復に3週間はかかるからテストが後ろ倒しになるってことだね。
最前の努力をして修繕にあたっているけどどうにもなりそうもないって。急ぎなら他に依頼しろってー。
うわー。自分のところしかない技術だからって強気だね。We have to appologizeなんて嘘くさい」

これもお国柄ってやつなのか、納期厳守の概念は薄いらしい。

「マジか、3週間か。完全にアウトだな」

「どうするー?てかこれがキャンセルになったらそれはそれで後処理が地獄なんですけど」

外貨の予約の解除に契約取消しに失中処理…
うわ、想像しただけでビール3杯くらい一気飲みしたい。

「いや、それはない。先方にとりあえず一報入れてなんとか了承取るわ」

「がんばりたまえ、結城くん」

“また何かあったら電話する”といつもの台詞が受話器を置くタイミング。
どうせ頼まれるに違いない受注残のリストを作っておかなくては。

「結城の伝票ファイルは…っと」

キャスター付きの椅子を発明した人間は天才だと思う。
おかげで無駄に歩かなくて済む。

勢いをつけて自分のデスクに戻ってキャビネの引き出しを漁る。
いちばん分厚いファイルが結城の分だ。
(御子柴のファイルは結城の3分の1しかない。水野くんはさらにその半分)
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