女の隙間、男の作為
「さて、何からやろう」

自分のメールだってまだ未読分が10件以上あるし、未決の書類棚には山ほど書類が積まれてるし、結城のフォローもあるし。
数年前の自分ならパニックになってトイレにでも逃げ込んでいただろうなぁなんて思いつつ、頭の中で優先順位を組み立てる。

「カノ、受入に御子柴宛の荷物届いたらしいけどどうする?」

背後からは瑞帆からの声。

「あー!忘れてた。今日納品の給油ガンだー。了解!30分以内に取りに行くって言っておいて」

「どこ納品?あたし、送り状書いて持っていこうか?」

「瑞帆ちゃん助かるー!技術部の西方さん宛なの。コレ、伝票一式ね。よろしくー」

了解、と天使のごとく親切な瑞帆ちゃん。
伝票片手に倉庫へと下りていく頼もしい後姿を見送ってから再度デスクトップへの画面へと意識を戻した。
持つべきものは気の利く同期ですよね!
(後で売店で瑞帆のすきなミントソーダを買ってこなくちゃ)

「カノさん、コレ結城さん宛の書留なんですけどカノさんにお渡ししていいですか?」

キーボードを高速で打ち込んでいるところで後輩の女の子の声がする。
手は止めずに視線だけで答えれば入社2年目の女の子だった。
その手には大量の郵便物。
今日はこの子が郵便当番なのだろう。
(あたしも随分昔の話だけれどこういう雑用をやっていた時期がある)

「あ、うん。ありがとう。貰っておくね。あと沙雪ちゃん、コレ松岡さんからのおみやげだって。女の子に声かけておいてくれる?」

“それ配り終わってからでいいからお茶室に持っていってくれるかな”

沙雪ちゃんは2年目に相応しい初々しい笑顔でそれに応えてくれた。
(確かこの子は結城ファンだったような気がするけれどまぁいいか)

書類棚に溜まった書類を横目で確認して、自分があのカステラにありつけるのはどうやら夜中になりそうだと思いながら、Enterキーを薬指で勢いよく叩いてメールをひとつだけ片づけた。

こうやってキーを打つ指についつい力が入ってしまうからあたしのEnterキーは劣化が激しいのだろう。
瑞帆にもよく嫌味を言われている。

“どんだけ強く打ったらキーボードの文字が消えるわけ?”

(そんなのあたしが知りたい)

カステラは遠いし何ならトイレに席を立つ隙も無さそうだ。
せっかく9時に出社したというのにこのままだと14時間は会社に居ることになりそうだけれど仕方ない。
夕飯は結城に奢らせようと勝手に決めながら、キーボードから書類の山へとその手を移動させた。


あたしは岡野麻依子。
これくらいでパンクなんてしていられない。
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