女の隙間、男の作為
その後もダラダラと近況報告をしながら、結局部屋に戻るまで長話をした。
案の定お弁当はまた冷たくなったし、温めなおす気にもならなければ食べる気にもならなかった。

シャワーを浴びてダメだと思いつつも缶ビールを開けて一気に飲み干す。
髪を乾かすのも面倒だ。
ずっとログインしていないfacebookをチェックする気分でもなければ、読めずにソファの横に積まれた本を読む気分でもない。
弁当のついでに買った美容雑誌をパラパラとめくっているところでメール受信を知らせる世界共通の音が鳴った。
(iPhoneの着信音のバラエティの無さはいっそ新しいと思う)

差出人は予想通り隣のデスクの主だった。

“カノ、マジでありがとう。
 やっぱり俺はカノがいないと死ぬわー。
 明日からもヤバイくらい忙しいけど頼むね、カノちゃん。

 落ち着いたら何でも好きなもの奢る!

 パスワードは3ヶ月有効だから変更無理ー”


返信はしない。
相手だってそれを求めていない。
結城はわざとこういうアホみたいな文面を選んでいるのだ。

あたしが返信しなくて済むように。

そんな行間を読み取ってしまうほどあたしは結城を理解してしまっている。
会社の人間が夫婦だと言うのも当然のことなのかもしれない。
たぶんあたしは結城が寝てる数多くの女の子達より結城という男をわかっている。
だからこそ、あたしは結城とは寝ない。

あの男とは仕事だけをしていたい。
それはあたしのワガママなのだろうか。

“俺は全力で邪魔をするよ”

あんな台詞、聞きたくなかった。

“俺は本気なのに”

松岡の声も邪魔でしかない。

好きなだけ稼いで自堕落な日常を続けたい。

“マイ――”

二人の声は隙間なく分印した過去の遺産を思い出させる。

「コウくんのアホ」

たかが缶ビール1本で酔ったのかもしれない。
もう過ぎたことだ。
好きかと言われたら即座に否定できるし、会いたいかと問われても答えは同じだ。

それでも疲れて帰ってきた夜に。
美味くもない缶ビールを飲んだ夜に。

濡れた髪を放置しながら思い出してしまうのが自分を捨てた男だなんてどこまで自虐的なのだろう。

紘太という名前を思い出しては消し、さらに缶ビールを空ける。
そんな無駄なことを数回繰り返したところで眠気に襲われた。

“マイが頑張ってるのは俺も嬉しいよ。
 でもちゃんと息抜きもしような”

誰に所為でこんなにも息抜きの下手な女になったと思ってるのよ。

その晩、あたしは夢の中ですら過去の男に怒りをぶちまけて、睡眠時間ですらリラックスできないという無残な結果に終わった。
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