女の隙間、男の作為
無残な結果は夢の中だけでなく現実にまで押し寄せようとしていた。
「は?なに、もう一回言って」
今週発売の新しい味の野菜ジュースを片手に9時に出社すれば隣のデスクの男は既に定時後のようなオーラを出して部長と話していた。
“カノ”と呼ばれて、出勤ボタンだけを押して部長の席の横にある簡易打ち合わせスペースに足を向ける。
(ちなみに野菜ジュースは手に持ったままである。だってぬるくなったら美味しくないし!)
「納期遅れはなんとか丸め込んできたけど、来期の引き合いはぽしゃるかもしれない」
「なんで?めんどくさいけど儲かる仕事だったのに」
「客が値下げしろって退かないんだよ。下げないなら発注はしないって」
結城が溜め息混じりにぼやいている。
ああしろこうしろ注文は多いくせにあれくらいで高いとか言いやがって…とか何とか。
「カノも時間割いて手順書の英訳してくれたし、失注はしたくないけどなぁ」
部長も頭を抱えていた。
確かに結城が抱えている案件のうちで、海外の評価施設を使って電池の評価試験をしているこの案件は利益が大きい。
来期の引き合いがなくなるのは会社としてマイナスだということは間違いない。
「ASIのマークは?値下げには応じない?」
「1セントたりとも下げないって言い切られた」
だろうな。
あれだけ注文の多い評価を依頼しているのだから、今の価格は正当だ。
下げろという客がおかしい。
「…カノ、今、客への換算レートはいくらだ?」
「市場レートにプラス5円です」
「結城、下げられるか?」
部長の提案に結城よりも先にあたしの口が反応してしまった。
「無理ですよ!この為替相場の変動が激しい社会情勢で5円のリスクは妥当です。政治が安定してくれる保障があるなら別ですけど」
そうだよな、と二人同時の相槌。