女の隙間、男の作為
「カノー」
「なぁに。まずは何から手伝えばいい?」
電話を終えた結城は長い脚を組んでキャスター付き椅子の利点を最大限に利用してあたしの方に寄って来ていた。
「まずは疲れた俺を癒してー」
両手を広げて今にも飛びついて来そうだ。
手近にあったガムのボトルを投げつける。
(それは見事にキャッチされてしまった)
「カノが冷たい…泣きそうだ」
「泣くな、めんどくさい。それに誰が冷たいって?」
「あー嘘嘘。昨日のデータもめちゃくちゃ助かった。ありがと、カノ」
“御礼は身体で払うから”
「身体じゃなくてそのボッテガの財布から払ってね。他にも必要なデータあるなら纏めるけど」
「いや、あれで十分。今日も今から出掛けるから雑件は適当に流しておいて。
あと俺のメールも適当にチェック入れて、緊急そうなのは連絡して」
「ハイハイ。了解です。いってらっしゃい」
「落ち着いたら、飯行こうな」
どんなに忙しい時でも結城のYシャツに皺が寄っていることはない。
今日もブラックレーベルを着こなしていつもの香りを残していく。
「すんごい高い店、指定するよー?」
「いいよ。その代わりフルコースだから」
なんのフルコースだよ、とは言わずもがな。
あれだけ軽口を叩けるならまだ余裕だろう。
「値下げ、かぁ」
何もしなくていいと言われても自分の関わっている仕事なら気になる。
瑞帆みたくドライになりきれないあたしは、余計なお世話だとわかりつつも手を出してしまうのだ。
さっき話を聞いた時から頭にあったアイデアだった。
でも裏を取らないと部長には報告できない。
「まぁ、情報はあっても邪魔にはならないしね」
まるで言い訳だ、と自分に呆れつつも受話器を取った。
デスクマットに挟んである“頻繁に使う電話番号一覧”からひとつの番号をピックアップしてプッシュする。
「あ、デバイスの岡野です。お久しぶりです。久野さん、ちょっと教えていただきたいことがあるのですが・・・」