女の隙間、男の作為
「見積り、見積りーっと」

ちなみに我が営業部に於いてあたしほど最速で見積りを打てるアシスタントはいない(と自負している)。

それは単純にブラインドタッチのスピードが速いってだけだけども。
瑞帆(フルネームは牧村瑞帆という)も優秀なアシスタントだけれどもかなりドライな女だ。
自分は自分の範囲でしか仕事はしないというある意味いちばん賢いポリシーを持っていて、残業もしなければ遅刻もしない。
無断欠勤もなければあたしのようにフレックスを乱用することもない。

うちの会社の本体にあたる超大手商社の優秀営業マンを夫に持つなんとも羨ましいご身分の同期である。

我が社は大型商社にありがちな税金対策のために設立された子会社で(もちろん役員は全員本体からの天下りである)、本体からの定期的な監視はあるものの、求められる数字をなんとか達成できる程度の業績を維持している機械畑の販売会社ってやつだ。

本体からは懸け離れた場所にあるこの会社を気に入ってるし、今のところ辞める気もない。
会社のお金で好きなだけお酒は飲めるし帰りのタクシー代は領収書精算できるし。ブラボー!

「カノー」

「はいはい」

御子柴に頼まれた見積りもあとはプリントアウトするだけというところで部長からお呼びがかかる。

「昨日はありがとうな」

「へいへい。おかげで寝不足ですが」

ハハハと笑う部長も思い切り二日酔いの顔をしている。(ついでにやや酒臭い)
営業部の男はきっと全員早死にするに違いない。
10秒でジョッキを空にし続けるなんて人間業じゃない。

「最後までつきあってくれる女の子は今じゃカノだけになったからなー」

「帰っていいなら二次会の時点で帰りますわな」

案の定その提案は却下された。
(わかってたから別に落ち込むこともないさ)

「で、カノちゃん」

「うげ。ちゃん付けされるなんてろくな頼みじゃないっすね」

するどいねーとヘラヘラ笑う部長の頭を殴ってやろうと思ったのはこれで何度目だっけ。
でもまぁあたしだって三十路間近のオトナの女なわけだし?
これくらいじゃ怒りの沸点には達しませんけども。

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