女の隙間、男の作為
残業なんていつものことだ。
あたしより遅くまで残っている営業マンなんてザラにいるし、いつもは部長がなんだかんだと殿を勤めている。
今日のオフィスが閑散としているのは本社のVIPとの食事会の所為で役職のみなさまが早々に引き上げたからに過ぎない。
(ちなみに当然のようにあたしにもお声が掛かったのだけれど、忙しいと言って断ってしまった)
定時以降は節電の為に照明は必要最小限に落とされるしエアコンも切られている。
まだ暑いと喚くような時期じゃないけれど、少しばかり寂しい状況であることは確かだ。
月末にまた残業調整しなくちゃなぁと思いつつ、瑞帆の差し入れのヘルシアウォーターをぐびっと飲む。
というかなんであたしに特保商品なんて寄越すのかまったく理解できない。
あいつらしい嫌味と親切に満ちた差し入れだ。
仕入れた情報は意外と使えそうだし、明日までに纏めておいたほうがいい。
「あれ?カノ、まだ残ってんの?」
「松岡くんこそ、例のアレ行かなかったの?」
本社からの出向者のくせに、本社VIPを蔑ろか?
「あー数字の見直しあるから断った」
「ふうん」
まぁ特に興味はないけれども。
松岡は既にポールスミスのネクタイを外して業務外モードだった。
(エアコンも切れてるし仕方ないともいえるけれど)
「カノはこんな時間まで何してんの?月次処理にしてはタイミング早くない?」
「あーちょっとした資料作り。意外と時間掛かってるけど」
過去の実績をシステムから抜けなくて結局1件ずつ手打ちするという無謀な作業を半分ほど終えたところだった。
欲しいデータを抜き取れないなんてうちの社内システムは使い勝手が悪いにも程がある。
システム屋に正式にクレームを入れよう。
「…これって結城の案件?」
背後からデスクトップの画面を覗き込んだ松岡の声は心なしか面白くなさそうだ。
「あぁ、そう。上手く運べば価格低減できそうだからさ」
「結城に投げられたの?」
「いや、違うけど。とりあえずシュミレーションして使えそうなら結城に渡すだけだよ」
松岡はいつもなら結城が座っているその席に腰を下ろしている。
ふわりと香るいつもの柑橘系の匂い。
喫煙者のくせに煙草の臭いをさせない上級者。